更新日:2025年5月8日
労災がおりるまでの生活費を従業員から請求された場合、会社が負担しなければならなくなる可能性が高いです。
労災の認定がされるまでは、労災保険からのお金は受け取れません。
したがって、労災がおりるまでの生活費は、労災保険以外の手段で工面する必要があります。
労災保険による休業(補償)給付は、被災労働者の生活費を補償してくれるとても大切な制度です。
しかし、給付までに早くても約1ヶ月〜2ヶ月程度の時間がかかることから、それまでの生活費に困る方が多くいらっしゃいます。
この記事では、労災がおりるまでの生活費について、会社が負担しなければならないケース、負担額や企業の対処法について、わかりやすく解説をしていきます。
会社内で労災事故が発生し、不安がある方は、ぜひ最後までお読みください。
目次 [非表示]
1 労災がおりるまでの生活費は会社負担?2 労災がおりるまでの期間3 労災がおりるまでの流れ4 会社が生活費を負担すべき場合5 生活費を請求されたときの企業の対処法6 労災と生活費についてのQ&A7 まとめ労災がおりるまでの生活費は会社負担?
労災がおりるまでの生活費を従業員から請求された場合、会社が負担しなければならなくなる可能性が高いです。
ただし、会社が負担しなければならない金額や期間は、会社の安全配慮義務違反の有無や従業員の過失の有無・程度などで異なります。
くわしくは後述します。
労災がおりるまでの期間
従業員は、仕事中および通勤中に起きた事故による怪我や病気が原因で、仕事を休まざるをえなくなった場合は、「休業(補償)給付」※を申請することができます。
※仕事中の事故の場合は「休業補償給付」、通勤中の事故の場合は「休業給付」といいます。
ここでは、両者をまとめて「休業(補償)給付」と記載しています。
労災保険の申請から給付金が支給されるまでの期間は、一般的に1ヶ月〜2ヶ月程度かかるといわれています。
この期間は、労働基準監督署が申請内容を精査し、労災として認定するかどうかを判断するためにかかる期間です。
そのため、必要な書類が不足している場合や、事案が複雑な場合などは、労働基準監督署による調査に時間がかかり、支給までにさらに長期間かかることもあります。
例えば、業務と傷病との因果関係が明確でない場合や、複数の医療機関での治療歴がある場合などは、より詳細な調査が必要となり、認定までの期間が延びる可能性があります。
なるべく早く休業(補償)給付を受け取りたい場合には、わかりやすい書類を作成することを心がけましょう。
労災がおりるまでの流れ
労災がおりるまでの流れは、以下の通りです。
① 労災の発生
労災とは、「業務中に生じた怪我または病気」や「通勤中に生じた怪我」のことです。
なお、業務中に生じた怪我または病気が原因で休業した場合は「休業補償給付」を申請することとなり、通勤中に生じた怪我が原因で休業した場合は「休業給付」を申請することとなります。
② 従業員から会社へ労災の報告
従業員から労災の報告があり、休業(補償)給付の申請がなされます。
休業(補償)給付の申請書には、「事業主証明欄」があり、この部分については原則として会社が記入する必要があります。
従業員からの報告が遅れると会社の対応にも遅れが生じ、休業(補償)給付の支給が遅れてしまうため、早く申請するように促しましょう。
③ 必要書類の準備
従業員が休業(補償)給付金を受け取るためには、請求書を作成して会社に提出する必要があります。
業務中の労災の場合は、「休業補償給付支給請求書(第8号)」を作成します。
これに対し、通勤中の労災の場合は、「休業給付支給請求書(第16号の6)」を作成することとなります。
参考:労災保険給付関係請求書等ダウンロードコーナー|厚生労働省
④ 労働基準監督署への申請
書類がそろったら、会社の所在地を管轄している労働基準監督署に請求書を提出してもらいます。
この提出が遅れると、当然ながら支給も遅れるので、できるだけ早く提出させるように助言しましょう。
休業期間が長引きそうな場合は、期間を1ヶ月ごとなどに区切って請求してもらうとよいでしょう。
⑤ 労働基準監督署の調査
労働基準監督署は、提出された書類をもとに、労災といえるかどうかを調査します。
この調査が、労災がおりるまでに一番時間がかかるポイントです。
通常は申請から1ヶ月〜2ヶ月程度で調査が完了しますが、事案の内容によっては、さらに長期間かかることもあります。
⑥ 給付金の支給決定
労働基準監督署による調査が終わると、労災保険の給付金の金額等が決定します。
支給が決定すると、原則として厚生労働省から従業員に支給通知が送付されます。
⑦ 指定口座への振込み
給付が決定すると、指定した銀行口座に休業(補償)給付金が振り込まれます。
支給通知の内容と振り込まれた金額に間違いがないかを必ず確認しましょう。
労災の休業(補償)給付がおりるまでの流れについて、さらに詳しく確認されたい場合は以下のページもあわせてご覧ください。
会社が生活費を負担すべき場合
会社が負担すべき従業員の生活費の金額は、会社に安全配慮義務違反があったかどうかで異なります。
安全配慮義務違反となるケースは100パーセントの負担
会社に安全配慮義務違反があった場合、従業員から生活費(賃金)を請求されると、100パーセントの負担をしなければならないリスクがあります(民法536条2項)。
参考:民法|e-GOV法令検索
安全配慮義務とは、会社が従業員の安全や健康に配慮する義務をいいます。
安全配慮義務違反の事例としては、以下のような場合です。
職場に危険な場所(設備や備品)が存在しているにも関わらず、安全対策をすることがなかった結果、従業員が怪我をした 従業員に健康診断(年1度)を実施することをしなかった結果、従業員が心身の健康を害した 長時間労働の結果、従業員が精神疾患や身体疾患を発症した など安全配慮義務に違反した場合、従業員から損害賠償を請求されるリスクがあります。
すなわち、従業員が休業をせざるを得なくなって減少した給与や、慰謝料などを支払わなければならない可能性があります。
民法第536条2項について会社の責任で従業員が仕事中に怪我をしたり病気になったりした場合、休業期間中の給与全額を会社に請求できます。
これは、民法536条2項という条文に根拠があります(法学上「危険負担」と呼ばれる条文です。)。
民法536条2項
債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったときは、債権者は、反対給付の履行を拒むことができない。
参考:民法|e-GOV法令検索
上記の「債権者」は、安全配慮義務違反では、会社のことを指します。「債務」は従業員の労務の提供を指します。
つまり、会社の落ち度で、従業員が労務を提供できなくなった場合、会社は反対給付の履行(賃金の支払い)を拒めない、という意味です。
なお、これは会社の安全配慮義務違反を請求の根拠とするため、通勤中に発生した労災は対象となりませんので、注意してください。
ワンポイント:従業員の請求を減額できる?
従業員から生活費等の請求がなされた場合、減額することができないかとの相談が多いです。この場合、従業員の過失や就業規則を根拠に減額の可能性を検討することとなります。
①従業員側の過失について
会社での事故は、従業員側にも一定の過失があるケースも多いです。
過失とは、簡単に言うと不注意のことです。
従業員が注意していたら、その事故を防げた、又は怪我等を軽減できた、という場合、過失相殺が認められないかが問題となります。
結論としては、従業員が給与の減少分を生活費として請求してきた場合、過失相殺は認められない可能性があります。
労働基準法は、会社に対し、賃金の全額支払を義務づけているためです(労基法24条1項)。
裁判例において、この条文を根拠として、賃金の請求については、過失相殺が認められないと示したものがあります。
参考判例:東京高判平23.3.23|最高裁HP
②就業規則で民法536条2項の適用を排除している場合
会社によっては、就業規則で民法536条2項の適用を排除し、平均賃金の60パーセントの休業手当のみを支払うと定めているところがあります。
民法536条2項は任意規定であり、就業規則等で排除することもできそうです。
しかし、裁判所は、就業規則等による民法536条2項の排除について慎重に判断する傾向にあります。
参考判例:東京地判平成24.4.16|最高裁HP
したがって、就業規則等にこのような記載があったとしても、減額できない可能性があります。
安全配慮義務違反とはならないケースは60パーセントの負担
会社は、安全配慮義務違反がなかったとしても、従業員の業務上負傷した場合、休業補償として、平均賃金の60パーセントを支払う義務があります(労働基準法76条)。
労働基準法76条
(休業補償)
第七十六条 労働者が前条の規定による療養のため、労働することができないために賃金を受けない場合においては、使用者は、労働者の療養中平均賃金の百分の六十の休業補償を行わなければならない。
(略)
引用:労働基準法|e-GOV法令検索
なお、労働基準法76条の休業補償については、従業員側に過失があっても、原則として、過失相殺はできません。
例外的に、従業員に「重大な」過失があった場合で、かつ、会社がその過失について行政官庁の認定を受けた場合にのみ、休業補償はしなくてよいこととなっています(労働基準法78条)。
従業員が労災の休業(補償)給付を受けた場合
休業(補償)給付とは、業務中のけがや通勤中のけがにより、仕事を休まないといけない状況の場合の給料の補償をいいます。
従業員が労災から休業(補償)給付を受けた場合、会社に対して給与の減少分を生活費として請求するのは二重取りとなります。
したがって、労災から休業(補償)給付を受ける場合は、会社に対して生活費を請求しないのが通常※です。
※会社に対しての請求権はありますが、労災との関係で不当利得となり、労災への返還義務が発生します。
しかし、労災の休業(補償)給付は、事故が起こって休業となってから4日目以降に申請できるようになります。
また、給付されるのは60パーセントです。
さらに、従業員の労災が認められるケースの多くは、会社の安全配慮義務違反が認められる傾向です。
したがって、以下に該当する部分について、従業員から請求された場合、会社には支払い義務があると考えられます。
休業した1日目から3日目までの100パーセント 休業した4日目以降の40パーセント生活費を請求されたときの企業の対処法
以上を踏まえて、生活費を請求されたときの企業の対処法について、解説します。
①有給の使用を提案する
従業員は、労災で仕事を休む場合であっても、有給を使用することができます。
したがって、従業員が生活費に困っているときは有給使用を提案するという方法も考えられます。
ただし、有給を使用した場合は会社から給与が支払われるため、有給を使用した日の休業(補償)給付は支給されません。
また、有給の使用は従業員の自由ですので、強制はできません。
労災と有給の関係等について、さらに詳しく確認されたい場合は以下のページもあわせてご覧ください。
②労災上積み補償制度を利用する
労災上積み補償制度とは、会社が労働者に対して、法定の労災保険給付に上乗せしてお金を支給する補償制度であり、就業規則等で制度化されるものです。
労災保険の給付は申請から支給までに時間がかかりますが、会社が補償を行う場合は、比較的早いタイミングでの支給が見込めます。
ただし、法律で義務付けられているものではなく、会社が自主的に設けている制度のため、自社に導入されていない場合は利用できません。
③受任者払いを提案する
受任者払いとは、会社が従業員に対して休業補償給付相当を立て替え払いし、後日労災保険から支給される休業補償給付を会社の口座へ振り込んでもらうことができる制度です。
この受任者払いを利用することで、まず、会社が労災から支給される分を含めた、給与全額を従業員に支払います。
そして、後日、会社は労災から支給される6割相当分を受け取ることができます。
④労災に強い弁護士に相談する
労災が発生した場合、労災に詳しい弁護士に相談することも有効な選択肢です。
従業員から生活費を請求された場合、労災だけでなく、安全配慮義務違反や労働基準法などの解釈が問題となります。
どのような場合に安全配慮義務違反が認められるのか、その場合の損害倍額はいくらになるのか、などを適切に判断するためには専門知識と軽減が必要です。
また、自社がどの対処法を活用すればよいのかについて決めかねるという場合であっても、労災に強い弁護士に相談することで、アドバイスを受けながらベストな方法を探すことができます。
労災事故が発生した企業の方は、ぜひ労災に強い弁護士に相談してください。
労災と生活費についてのQ&A
労災と生活費について、よくあるご質問にお答えします。
労災認定されない例は?
労災認定されないのは、「業務との間に因果関係がない怪我や病気」です。
例えば、就業時間外のプライベートな用事で外出している際に事故に遭った場合や、業務中でも明らかに私的な行為が原因で起きた事故は、労災として扱われないことが一般的です。
また、従業員がもともと持っていた持病が悪化した場合など、仕事とは直接関係のない理由で発症した病気も対象外と認定されるケースが多いでしょう。
通勤中の事故についても注意が必要です。
買い物やプライベートの用事などで通常の通勤経路から大きく逸脱した場合には、その途中で起きた事故も労災として認められません。
労災が認定されない例について、詳しく確認されたい場合は以下のページもあわせてご覧ください。
まとめ
労災で仕事を休まないといけなくなってしまったら、通常従業員は労災保険から休業(補償)給付を受けることができます。
しかし、休業(補償)給付を受けるためには労災認定が完了する必要があります。
労災認定にはおおむね1ヶ月〜2ヶ月程度の時間がかかるため、休業(補償)給付金が支払われるまでの生活に困ることが予想されます。
労災がおりるまでの生活費を従業員から請求された場合、会社が負担しなければならなくなる可能性が高いです。
ただし、会社が負担しなければならない金額や期間は、会社の安全配慮義務違反の有無や従業員の過失の有無・程度などで異なります。
これらを適切に判断するために弁護士に相談されることをおすすめします。
弁護士に相談することで、適切な手段を採ることができる可能性が高まります。
当事務所では、労災問題を多く取り扱う弁護士により、労災事故に悩む企業を強力にサポートしています。
電話相談、オンライン相談(LINE、ZOOM、Meetなど)により、全国対応も可能ですので、お困りの方はぜひお気軽にご相談下さい。
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